2012年4月12日木曜日

漢字はどう書くのが正しいか


漢字はどう書くのが正しいか


第二章 書を楽しむ法(基礎編)

(一) 学校で習う漢字となぜ違うのか

○学校で習う漢字と違う!

 書を習い始めて,誰もがとまどうこと。それは,学校で習ったのとは違う形の漢字がいっぱい出てくることです。
「いったいどっちが正しいんだろう?」
 私も御多分に漏れず,ずいぶん悩みました。
 今はどうか分かりませんが,私が子供の頃の漢字教育はかなり厳格でした。私も国語の漢字書き取りテストにはずいぶんと苦労させられたものです。
 「」の縦画の最後をはねてしまった,バツ!
 「」の下部のれっかの四つの点の向きを同じにしてしまった,バツ!
 「」の内側の二本の縦画を曲げなかった,バツ!

 ところが,そうやって一生懸命,正しい漢字の字形を覚えたと思ったら,書で学ぶ字形はずいぶんと違うのです。
 「木」の縦画の最後ははねるのがふつうで,はねない例はまずない。これはバランスを取りやすくするためと,字形に動きと勢いをつけるためです。
 「点」の下部のれっかの第一点は他の三つの点と同じ向きにする場合も少なくない。というより,四つの点の強弱とバランスが大切で,点の向きは結果としての形でしかない。
 「酒」の二本の縦画は曲げないで,その代わりに横画を一本増やすのがふつう。その方が断然書きやすく,見ても美しい。

 しかし,学校ではこうしたことは教えてくれませんでした。学校の先生は漢字の止めや払い,はねなどやたらと細かいところにはこだわりますが学校で教える漢字と世の中に通行している漢字の字形との違いをどうとらえたらよいかということは全く教えてくれませんでした。
 一方,書道の先生にしたところで,
「この字はこう書くんだ。古典にそう書いてある。」
と高飛車に決めつけるばかりで,弟子が納得のいくようには教えてくれはしないのです。

○多少の差は許容

 こうなったら自分で調べるしかありません。私はいろいろと本を漁ってみた結果,次の二冊の本に行き当たりました。
 原田種成『漢字の常識』(一九八二年,三省堂)
 伏見冲敬編『常用書体字典』(昭和六十一年,角川書店)
 さっそくこれらの本の言い分を聞いてみましょう。まず『漢字の常識』から。
「漢字はその骨組みである点画の組み合せが違っていなければ誤りではない。」
「法律においてさえ裁判官は疑わしきは罰しないのである。それなのに漢字教育においては疑わしきを罰するという非理非道がまかり通っている。」


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 次に『常用書体字典』から。
「楷書は・・・広い地域で千五百年以上も書かれてきた書体である。多くの人々に使われる間に書きやすいように字形が工夫され,また天才的な書の名手によって磨き上げられて完成するとともに,一方では時代や地域によって部分的に異なった字形にも書かれてきた。筆記体というのはこうしたもので,正しく美しく書きたいという要求がおのずと働くと同時に,筆画の多少の差異は許容するものである。
 そうなのです。漢字は,その骨組みである点画の組み合わせさえしっかりつかんでおけば,細部の止めやはらいなど多少の違いは許されるものだったのです。

○日本の漢字にもおかしなものが

 今の日本における漢字の正しい字形は,「常用漢字表」(昭和五十六年十月一日号外内閣告示第一号)によっています。
 しかしこれは,二十世紀の終りに日本という国が,これが正しいんだと勝手に決めただけの話です。現代の日本の国民である私たちは,国が決めた正しい字形に従わないと,漢字書き取りテストでバツをくらうという重大な不利益を被るので,いやいやながら,あるいは偉い先生方が決めたんだからきっと正しいんだろうと思って,ただ何となく従っているわけですが,歴史的に見れば,それは単に,ある特定の時代のある特定の地域の特殊な字形でしかありません。
 そういう目で見ていくと,常用漢字の中にもおかしいと思われる字形がいくつか見受けられます。

 まず「写」
 「写」のもとの漢字は「冩」です。「冩」の四つの点を横画一本に省略したのでしょうが,なぜ縦画を突き抜けて右に飛び出させたのでしょうか。疑問です。
 同じような字形に「与」があります。「与」はもとの字形「與」から中央部だけを取り出した略字です。しかし,略字は略字でも,楼蘭の遺跡から発見された有名な「李柏文書」(三二八年頃)にさえ使われている,年季の入った略体です(右図の中央上から二文字目)。私もこれを正式に採用すること自体に文句はありません。しかし,横画を右に突き抜けさせたのには納得がいかないのです。
 なお,中国の字形は,いずれの字も横画は右に突き抜けてはいません。これはやはり中国の方が理にかなっていると思います 。

 次に「考」。
 小学校の教科書をのぞくと,「考」の第五画はカタカナのノのように,右上から左下にはらう形になっています。しかも第六画はノの左端よりも上から書かれています。
 「考」はおいがしらと「攷」(コウ。かんがえる)のへんとからなっている字ですから,この形はおかしいと思います。「攷」のへんと同じ形に書くべきです。これも中国の字形ではそのようになっています。


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 それから,「海」「梅」の一部にもなっている「毎」
 これはやはり「毋」(ブ。なかれ)ではなく,「母」に作るべきでしょう。字源的にも,「毎」は母が髪かざりをつけた形だそうです。「母」の二点は女性の乳房を現していますから,これは絶対に点々でなければなりません。第一,「毋」では「・・・するなかれ」ということになってしまって意味が通じないではありませんか。子供に教えるにも,ノ,イチ,ハハだよと教えたほうが覚えやすいと思います。これらも中国では当然のこととして「母」に作っています。
 もっとも古典の例をみると,「海」や「梅」,「毎」では,「母」の二点を続けてノの形にしている場合が多いようです。ですから書写体としては「毎」と書いても差支� �ないのですが,文字の骨格としてはやはり「母」に作り,そう理解しておくべきだと思います。

○常用漢字表の名誉のために

 このように「常用漢字表」にはいくつかおかしいと思われる字体があるのは事実です。しかし,私は決して「常用漢字表」がいけないといっているわけではありません。常用漢字は,繁雑な漢字をできるだけ整理,簡素化し,漢字学習の負担をなるべく軽くしようとする意図から定められたと聞いています。その精神には私も大賛成です。しかしそれと同時に,常用漢字表はあくまで目安として定められたものだということに,十分な注意をはらってほしいのです。「常用漢字表」の正式な題名は,「現代の国語を書き表すための漢字使用の目安」なのですから。

 さらに,その前書きには,
「この表は,科学,技術,芸術その他の各種専門分野や個々人の表記にまで及ぼそうとするものではない。」
ときちんと書かれてあるところに,常用漢字を定めた人の見識と謙虚さがうかがえます。 「目安」として制定されたはずの常用漢字表が「標準」と受けとめられ,いつのまにか「基準」になり,さらに,これ以外の字形はすべて誤字であり書いてはならないと誤解(曲解?)されるに至ったのでしょう。権威主義的な押しつけであり,明らかに行き過ぎというべきです。

○結局は使い分け

 結局,現代日本に生きる私たちが漢字を書くには,場合に応じて使い分けをするしかないようです。すなわち,漢字書き取りテストでは常用漢字表の字体に忠実に書き,書の世界では,歴史的に書かれてきた字形を基に,美しさや表情,味わいに重点をおいて書き,私的なメモや草稿では気ままに自分勝手に書く。
 いちいち使い分けをするのは煩雑ですが,考えてみれば,私たちの言語生活では時と場合に応じて使い分けをするのはあたりまえのことです。改まった席では「わたくしは・・・」と言い,気のおけない間では「俺はよう・・・」と言い,子供に対しては「お父さんはね・・・」と言うわけですから。


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 それと同じように,文字を書く場合も,細かく点検されることを予想した公式な文字,書の歴史的な字形を踏まえて美しく書こうとする書作品の文字,略字いっぱいのメモなどの私的な書写の文字,いろんな文字があってあたりまえなのでしょう。言語の多重生活は避けられないものだと思います。
 ただし,この字は今の日本ではこう書くことになっているけれど,歴史的にはこう書かれることが多く,走り書きするときでもくずしの限界はここまで,というようなことは,書をたしなむ者の基本的な知識として身につけておきたいものだと思います。

 

(二)書写体と活字体はどう違うのか

○書写体と活字体とは別物

 書をやるやらないにかかわらず,たいていの人が迷うこと。それは,漢字を書くときに,活字,特に明朝体活字のとおりに書くべきか,それとも手書きの文字は活字とは違った形に書いてもよいのかということです。
 学校の先生の中にも,文字を書くときには活字の形と同じように書くのが正しいのだと思い込んで,厳格なまでに生徒に強制する人がいます。
 しかしそれでは困ってしまいます。例えば「道」などのしんにゅうは明朝体活字のようには絶対に書きませんし,「令」の最後の画は縦画ではなく左上から右下へのやや長めの点のような形に書くのがふつうです。また「糸」の第一画と第二画,第三画と第四画は明朝体活字では離れていますが,手で書くときは続けて書かないと画数が合いません。

 この問題をどう考えたらよいのでしょうか。さっそく『漢字の常識』に聞いてみましょう。
「明朝体活字は特有の誇張や筆画の誤りがあり,その通りに書くものではないのである。」
「漢字に限らず,文字というものは,活字体と筆写体とでは,少し違うところがあるものであり,それで差し支えないのである。」

 次に『常用書体字典』から。
「宋代に発明された活字体は,すでに完成していた楷書を利用して人工的に作ったもので,もっぱら他の文字との異同が一見してわかり,誤読しないという実用的な見地が最も重要な印刷用の書体である。」
「筆記体である楷書を印刷体である活字体で律しようというのは根本的に無理なのである。」
 つまり,私たちが手で書く文字すなわち書写体と,活字体とは全く別のものであり,手書きの文字を書くときに活字を基準にしてはならない,ということなのです。

○誤解の根源

 ではなぜ,書写体を活字体のとおりに書かなければならないという誤解が生まれたのでしょうか。
 どうやらそれは,常用漢字表の字体が明朝体活字で示されていたからのようです。さらに常用漢字の前に標準であった当用漢字も,さらに遡れば漢字の集大成ともいえる清代の康煕字典も明朝体で標準字体を示しています。それらをそのまま鵜呑みにしたところから誤解が生まれたようです。


 しかし常用漢字表の前書きには,はっきりと次のように書かれているのです。
「字体は文字の骨組みであるが,便宜上,明朝体活字のうちの一種を例に用いて現代の通用字体を示した。」
 これで分かるとおり,明朝体活字はあくまで「便宜上の例」として用いられているのです。これをそっくりそのまま書けとはどこにも言っていません。それどころか,常用漢字表はわざわざ「(付)字体についての解説」という項を設け(右図),
「常用漢字表では,個々の漢字の字体(文字の骨組み)を,明朝体活字のうちの一種を例に用いて示した。このことは,これによって筆写の楷書における書き方の習慣を改めようとするものではない。字体としては同じであっても,明朝体活字(写真植字を含む。 )の形と筆写の楷書の形との間には,いろいろな点で違いがある。それらは,印刷上と手書き上のそれぞれの習慣の相違に基づく表現の差と見るべきものである。」
と明言しています。

 そして,明朝体活字に特徴的な表現の仕方があるため,そのまま筆写するものではないもの(「入」の第二画起筆の筆押さえや,しんにょうの第二画など),筆写の楷書ではいろいろな書き方があり,それで全く差支えないもの(条や保の木をホと書く,木や糸の縦画をはねるなど)の例をあげています。
 ここでも,常用漢字表を制定した側に問題があるのではなく,それをよく理解せずに盲目的に強制した側にこそ問題があることがわかります。

○書写体の正しい字形とは

 さて,それでは書を学ぶ私たちが筆で漢字を書く場合,正しい字形はその根拠をどこに求めればよいのでしょうか。
 それは歴史と伝統の中に,つまり書の古典の中に見出すことができます。
 長い書の歴史において無数の作品が作られてきた中で,ほんのひとにぎりの選りすぐりの作品だけが古典として今に残されています。そうした古典の中の一文字一文字は,それまでの書の歴史を背負いつつ,新たな時代の息吹を身にまとい,当代一流の名手たちの手によって磨き上げられてきたものです。
 その字形はただ一つに定まっているとは限りません。時代によって,地域によって,そして書者によって多少なりとも異なって書かれています。しかし,それらはいずれも理想的な漢字の姿のひとつとして,独� �の存在価値を主張しています。

 こうした正しく,美しい漢字の字形は,書道字典の中に集約されています。書道字典には,古典に残された字形のうち,代表的なもの,標準的なもの,美しいものが採られ,索引がつけられて調べやすくなっています。私たちが正しい字形,美しい字形を知るためには,書道字典を座右に備え,折にふれてまめに引かなければなりません。
 というわけで,次の話題は書道字典に移ることにいたしましょう。

 


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